BitArts Blog

ロードバイク通勤のRubyプログラマで伊豆ダイバー。の個人的なブログ。

御巣鷹山の事故から17年

ってちょっと遅いが、あの事故からもう17年。当時小学生だった僕は親戚と旅行中で「この近くで日本航空機が行方不明になったらしい」と大騒ぎになり(実際にはそんなに近くなかった)、その夜、全員が無事に救出された夢を見たのを鮮明に覚えていたりする。あの事故が風化しつつある中、一昨年の年末ごろ、ボイスレコーダの音声がテレビで放送されたが、最後の「プルアップ、プルアップ」の合成音と機長の「あー、だめだ。終わりだ。」の声が生々しく、しばらく耳から離れなかった。あの事故に関するWebサイトは数多いが、こちらのサイトでは、テレビで放送されたボイスレコーダの音声ファイルと、出所不明の管制との交信の音声ファイルなどがまとめられている。まだ聞いたことのない人は是非聞いてみて欲しい。

コメント

2004/5/16 20:04 from Anonymous

御巣鷹山の情報を下さい

2004/12/30 01:47 from 小竹雅利

約7年前でしょうか?私はヘリコプターで貨物輸送の仕事に携わっていました。その中で

2004/12/30 02:02 from 小竹雅利

約7年前に私はヘリコプターでの貨物輸送の仕事に携わっていました。そんな時御巣鷹山に慰霊碑を建てる為にヘリで荷上げをする事となり、機体の空輸、現場到着前に墜落現場を空から見ました。その時でも山は剥げていた。木は緑なのに・・。機体上のクルー全員でその場で両手を合わせ、仕事へと移りました。荷上げ場は当時の死体置き場だったそうです。なぜならクルーの一人がその乗客救出に携わっていたからです。私は当時駆け出しの見習い整備士で、単なるいつもの輸送作業の延長かとでしか見ていなかった。今30歳を迎える時が来て、尊さ、遅くながら痛感します。

2005/6/16 23:36 from 江田 實

御巣鷹山の救助に力を尽くした地元の上野村で40年間
村長を務められた黒沢さんのお話を過日伺いました。事件はその任期の丁度中間で起きたのです。

2005/6/16 23:40 from 江田 實

御巣鷹山の救助活動に献身的に尽くした地元上野村の村長を40年間務められた黒沢さんのお話を過日伺いました。その任期のほぼ中間で事故があったということで、大変な臨場感がありました。